靖国派とは何かについての一定の回答である。
90年代前半に生み出されたこの国の侵略と加害に対する理解の前進に対して、後半からは逆流が前面に出てくるようになる。
その中核的一環として、97年に結成された「日本会議」の紹介である。
今後に期待したいのは、その逆流を生み出すほどの力をもって、靖国派が戦後脈々と、どこで、どのようにして生き長らえてこれたのかという問題であり、またアメリカとのかかわりの問題である。
ここが知りたい特集 安倍「靖国」派政権の実態 これが「靖国」派の正体 安倍政権の中枢に「日本会議」 改憲・教育・家族… 戦前回帰の「国柄」持ち込む(しんぶん赤旗、5月27日)
安倍内閣の中枢を占める「靖国」派ってなに? ここにきて活発になった策動とは? その源流であり、総本山の「日本会議」と、それと連携する「日本会議国会議員懇談会」の動きを特集します。
人権制限、戦争に動員
「教育基本法の改正が実現し、戦後レジーム(体制)の一角が破れたいまこそ、最大の戦後レジームたる現行憲法を突き崩し新しい日本人のための憲法を生み出すとき」(『日本の息吹』五月号)
「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍晋三首相の登場を、機関誌で“改憲の好機到来”とばかりに叫んでいる団体があります。今年結成十周年を迎える日本会議です。
日本会議は、一九九七年五月三十日、「日本を守る国民会議」(一九八一年設立)と「日本を守る会」(一九七四年設立)が合流し結成されました。七〇年代以来、改憲や元号法制化、夫婦別姓反対の運動を“草の根”で展開してきた右翼改憲団体の再編・総結集が図られたのです。
国会議員235人
日本会議の現在の役員は、会長が三好達・元最高裁長官、副会長が小田村四郎・拓殖大前総長、山本卓眞・富士通名誉会長ら。この三人は、日本の侵略戦争を正当化する宣伝センターの役割を果たしている靖国神社の崇敬者総代でもあります。つまり、日本会議は「靖国」派の総本山なのです。
日本会議の国会版として、前日の五月二十九日に結成されたのが日本会議国会議員懇談会(以下、日本会議議連)です。当時、自民党、新進党、太陽党などから二百人以上の国会議員が参加。今では、自民党、民主党、国民新党、無所属の国会議員二百三十五人(〇五年六月)が名を連ねるまでになっています。
日本会議と日本会議議連誕生の背景には、日本の過去の侵略戦争への反省が社会に行き渡ることへの“危機感”がありました。一九九三年、「従軍慰安婦」問題で過去の行為への反省を明らかにした河野官房長官談話が出ました。一九九五年には日本が侵略と植民地支配の誤った国策をとったことを謝罪した村山首相談話が発表されました。
こうした動きを、「東京裁判史観の蔓延(まんえん)は、諸外国への卑屈な謝罪外交を招き、次代を担う青少年の国への誇りと自信を喪失させている」(日本会議設立趣意書)と敵視。以来、過去の侵略戦争は正しかった、その戦争に突き進んだ国と社会は美しかったという特異な価値観を、国家権力も最大限に使って日本社会に押し付けようとしてきたのです。
靖国神社の戦争博物館、遊就館で上映中の映画『私たちは忘れない』を制作したのも日本会議です。日本の侵略戦争を「国家と民族の生存をかけ、一億国民が悲壮な決意で戦った、自存自衛の戦争だった」などと美化しています。
天皇を頂点に
今年五月三日には、日本会議議連のもとにつくる「新憲法制定促進委員会準備会」が「新憲法大綱案」を発表し、目指す国家像を明らかにしました。
そこでは、日本国民が「天皇を中心として、幾多の試練を乗り越え、国を発展させてきた」と天皇中心の国家観を提示。天皇を「元首」と明記しています。
「家族」条項を設け、「わが国古来の美風としての家族の価値」を「国家による保護・支援の対象」としています。
「戦争放棄」と「戦力の不保持」「交戦権の否認」を定めた現行憲法の九条は全面改定。
一方、国民に対しては「人権制約原理の明確化」を掲げ、「国防の責務」も課すとしています。
天皇を頂点にいただき、個人の人権を制限し、家族を国の末端の基礎単位と位置づけて、戦争に国民を総動員していく――まさしく戦前・戦中の日本社会の復活を狙っているのです。
特異な価値観に懸念
安倍政権は、安倍首相を先頭に、日本会議議連メンバーがその中枢を占める「靖国」派政権です。首相自身、〇五年までは同議連の副幹事長でした。十八人の閣僚のうち十二人が議連に参加、他の靖国関連の議連加盟を含めると十五人に達します。首相が「官邸機能の強化」を掲げる中、二人の官房副長官と四人の首相補佐官が議連参加議員です。
「正義の戦争」
首相が掲げる「美しい国、日本」のスローガンも、元をただせば日本会議が設立に際して掲げた「美しい日本を再建」という合言葉です。「戦後レジームからの脱却」とは、天皇を中心とする「国柄」つまり戦前の「国体」の「再建」にほかなりません。
――日本の侵略戦争を「正義の戦争」といい、恒久平和をうたう憲法前文を「連合国への詫(わ)び証文」と攻撃する。
――さらには天皇中心の「国柄」を柱に、「家族の価値」を「古来の美風」とする。
こんな特異で戦前回帰の価値観をもった「靖国」派が政権の中枢にすわったことは、日本の前途に暗い影を投げかけ、自民党内やアメリカなどからも懸念の声が出始めています。
自民党の船田元衆院憲法調査特別委員会理事は二十日、都内でおこなわれたシンポジウムで「憲法によって国家権力をしばるという要諦(ようてい)がわが党の中でも少し軸がずれ始めている」「(憲法に)国を愛する責務、なんとかする責務をあげた途端、うさんくさい状況になる」とのべました。
アジアで孤立
また「戦後レジームからの脱却」というスローガンに対し、コロンビア大学のジェラルド・カーティス教授は「民主主義国のリーダーが自分の国のレジーム・チェンジ(体制変革)を求める意味は理解しにくい」、「安倍首相の捨てたがっている戦後レジームの何がそんなにひどいのか、ぜひ説明してほしい」と発言。保守派の論客フランシス・フクヤマ氏も「日本が憲法九条の改正に踏み切れば、新しいナショナリズムが台頭している今の日本の状況から考えると、日本は実質的にアジア全体から孤立することになる」と警告を発しています。