6月11日(月)は、9時30分の起床であった。

 グッスリと、良く良く眠った朝である。

 ノロノロと立ち上がり、パソコン前に貼りつき、

 たまったメールをながめ、

 ネットのニュースをチェックする。

 昼になって、「しらかわ」のうどんを2玉ゾゾゾと食べる。

 ああ、うめえ。

 プラゴミと段ボールゴミをかかえ、

 12時40分には、外に出る。

 JR「加島」から「尼崎」へ、「西宮」へ。

 事故で遅れる電車の中で、「一人あせって移動の人」となる。

 1時20分から「経済学-社会の成熟度の相違をあらわす資本主義」。

 終了後、「学祭の実行委員です」という学生がやってくる。

 「学祭でまじめな企画をしたいので、

 ゼミの取り組みについて話してほしいのです」。

 ほ~う、そうくるか。

 集まる学生が多いとは思えないが、

 これは受けて立つしかないであろう。

 3時から「3年ゼミ-加害・賠償・アメリカ・『慰安婦』」。

 さっそく学祭の話をし、韓国旅行の相談もし、

 夏休みのプレ韓国学習企画の日程も相談。 

 あいまに、卒業生Kよにもらった、

 お菓子もボリボリ食べていく。

 5時30分からは休憩である。

 電話の留守録を聞いてみると、

 「朝日新聞から取材の申し入れがあった」とのこと。

 『「慰安婦」と心はひとつ』の出版に関することらしい。

 記者さんと連絡をとり、広報企画室に本を持参。

 その後、さらに8時までゼミをつづける。

 小仕事をして、8時40分には大学を出る。

 JR「西宮」から「尼崎」へ、「加島」へ。

 車中「労働組合論の人」となっての移動である。

 相方と新参も、ちょうど戻ったところらしい。

 朝から解凍しておいたサバのきずしをスパスパと切り、

 遅い夕食をパクパク食べる。

 喘息人新参の今後の生活について、

 あれやこれやと相談してみる。

 見通しのつかないところが多いが、

 家庭ですごす時間が長くなることはまちがいない。

 こちらも外出を減らしていくしかない。

 つまるところ、まずは、講演会を減らしていくということである。

 ご依頼をくださる世間のみなさん、

 このような事情で、今後は、

 キッパリとお断りさせていただくことが多くなってしまいます。

 申し訳ありませんが、ご了承ください。