1つは京都での「戦争の真実を語る講演の集い」の様子。

 これには、4年ゼミの学生が講演者として参加した。

 遠からず「朝日」にも記事が掲載されるはずである。

 学生たちのこうした取り組みの全容については、『「慰安婦」と心はひとつ 女子大生はたたかう』を参照願いたい。

 もう1つは、中国の上海に「慰安婦」資料館が開設されたというもの。

 この手の資料館は、「ナヌムの家」に併設された「日本軍『慰安婦』資料館」、東京の「女たちの戦争と平和資料館」につづいて3つ目となる。

 いずれは、ゼミで訪れるということも検討したい。

 「慰安婦は軍用船で戦場に」 中京戦争の真実語る集い(京都新聞、7月8日)

 従軍慰安婦問題を考える「戦争の真実を語る講演の集い」が7日、京都市中京区の京都アスニーで行われた。約100人が集まり、第2次世界大戦で従軍した男性らの証言に耳を傾けた。

 日中戦争の発端になった盧溝橋事件の70周年に合わせて、京都平和委員会などでつくる実行委員会が主催した。

 1942年に陸軍通訳としてシンガポールにいた永瀬隆さん(89)=岡山県倉敷市=は、「隊長の命令で朝鮮から来た慰安婦に日本語を教えていたら、『シンガポールの日本軍の食堂の給仕として連れられてきた。軍の船に乗せられ、着いたら慰安婦をやれと言われた』と打ち明けられた」と証言した。

 永瀬さんは「強制連行だったり、だまされたり、いろいろな形の慰安婦がいた。いずれにしても、戦場には軍用船で連れてきた。日本軍が関与していないとは言わせない」と力を込めた。

 また、ゼミで慰安婦問題を研究、調査している神戸女学院大4年の小谷直子さん(21)は昨年9月、元従軍慰安婦が生活する韓国の「ナヌムの家」を訪ねた時の様子を報告した。

 ナヌムの家に再現された慰安所について、狭く暗い個室や、日本人の名前を付けられた慰安婦の名札が掛かっていたことなどを紹介し、「わたしたち若者が慰安婦問題に向き合わないと、今も被害を受けた女性を苦しめている日本の政治は変わらない」と訴えた。 

 慰安婦:中国初の資料館、上海に開設=新華社通信(朝鮮日報、7月7日)

 第2次世界大戦中の旧日本軍による「従軍慰安婦」に関する中国初の資料館が5日、上海に開館した、と中国国営の新華社通信が報じた。

 上海師範大学構内に開設された同資料館には、旧日本軍によって初めて開設された慰安所である「第一サロン」に掲げられていた富士山の形の彫刻を含め、80点の展示物や48枚の写真などが展示され、また慰安婦として強制動員された中国人女性らの生々しい肉声を収録したビデオも公開されており、当時の状況について理解できるようになっている。

 同資料館はまた、当時上海や海南省に開設されていた約200カ所の慰安所に関する記録もすべて保有しているという。

 これらの資料の収集・蓄積に貢献した上海師範大慰安婦研究センターのス・ジルリャン所長は「記録によると、中国では20万人を超える慰安婦が強制動員されたが、現在被害の実態を公表した生存者はわずか47人に過ぎない。過去の傷を包み隠して沈黙している被害者は相当な数に上ると推定される」と話している。

 この日の開館式には、80歳を過ぎた元慰安婦らが出席して当時の凄惨な状況について証言し、出席者らは静かに聞き入っていた。

 開館式は日中戦争開戦70周年の2日前に行われた。

 現在、慰安婦に関する資料館は東京とソウルにも1カ所ずつある。