8月3日は、8時前起床の朝であった。

 機嫌はいいが、新参は今朝も新参。

 仕方なく、保育所への運搬・連行を断念していく。

 メシは、じつに良く食っているのだが。

 10時には、相方実家よりの支援を得る。

 新参は、ニマニマ笑いながら、クルマに乗り、

 静かに、大阪南部へ去っていった。

 JR「加島」から「尼崎」へ、「西宮」へ。

 車中「スケジュールの人」となっての移動である。

 大学では、11時からキャリア教育委員会。

 後期から副専攻「キャリアデザインプログラム」が実施されるが、

 それにあわせて、

 本学のキャリア教育全体を見直そうとの試みである。

 昼食談話をはさんで、2時40分まで。

 このような時期でなければ、じっくり話し合う時間はなかなかとれない。

 研究室を経由して、女性学インスティチュートに隠れ、

 コツコツと採点作業を行っていく。

 一息ついたところで、4時前から、4年ゼミ丸の卒論相談。

 丸は、実にしぶとく、何度も何度も相談にくる。

 第一次・二次大戦でのドイツとフランスの戦争をながめ、

 それが戦争直後の経済統合・協調関係に、

 短期間にどのように転換することができたのか。

 これを、国際環境と、国内の思想闘争の両面から見ていくことにする。

 きっと、何かができるであろう。

 さらに採点作業をすすめ、5時ちょうどには教務課に提出。

 それにしても、いくつかの科目の中に、

 登録忘れの学生が複数でいる。

 なぜ、自分でキチンと確認しないのだろう。

 その機会は、しっかり与えられているのに。

 残る大物の採点は、週始めのこととなりそうである。

 5時半からは、日曜の研究報告の準備を行う。

 靖国派の台頭と孤立を、

 戦争犯罪に対する世界的な告発の深まりと、

 「国益」を反映したアメリカの対中戦略の中にとらえようとするもの。

 とはいえ、煮詰まり具合は、まだまだである。

 9時には、コピーも終えて、フラフラと外に出る。

 JR「西宮」から「加島」へ。

 車中「スケジュール確認の人」となっての帰宅である。

 仕事が終わった相方は、すでに南大阪へ直行している。

 家に荷物を放り込み、となりのコンビニでビールをゲット。

 もどって、生協の宅配をかたづけていく。

 冷凍庫がいっぱいとなり、緊急避難的にいくつかを調理する。

 ビールにあうものが優先である。

 バクバク食ったところで、世間はスルリと10時半。

 悲しいことに、明日は、花火の人込みにまぎれねばならない。

 昼夜2連チャンの1日であり、

 ベランダから淀川をながめるゆとりもまったくない。

 台風がもう一日遅れてくれれば、

 花火中止となって、わが移動もスムースだったのだが。

 このように自己チュ~な要求は、

 たいがいうまくは実現しない。