9月12日は、7時30分の起床であった。

 もちろん、こちらはヒドク眠い。

 朝ゴハンづくりは、チームおかあさんの指導であった。

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 学生たちは、化粧は薄いが、食欲はある。

 朝から元気にモリモリ食べる。

 おかゆ、スープ、ブタキムチ、サラダ、韓国のりなどのメニューである。

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 すでに水曜集会にそなえて、

 全員が日本でつくったTシャツを来ている。

 背中にあるのは、「ハルモニの戦争は終わっていない」の文字である。 

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 残ったサラダを、一手に引き受けるつわものも出る。

 「これくらい食べないと、ここまで大きくなりませんよ」。

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 こちらは布団をはこんで、

 たたんで、押し入れに放り込む。

 20人分は、なかなか大変である。

 担当の2人は、「朝から良くはたらいた」と満足そうであった。

 早い時間だが、大阪市大のP先生が、

 ゼミ生とともにやってくる。

 「ゼミで出した本を読みました」といってくださる。

 9時45分、入れ違いに、こちは「ナヌムの家」をバスで出ていくこととなる。

 車中「しばし休憩」の後、

 10時45分から、

 ガイドの金さんの独立公園についての解説となる。

 33人の指導者のもと、1919年3月1日からの

 平和的な独立万歳運動が、ここからはじまる。

 朝鮮全土で200万人以上が参加し、

 7500人以上が死亡、15000人以上がケガ、

 47ケ所の教会が焼かれたとの研究がある。

 ここでもまた、その史実とともに、朝鮮の人々がどういう気持ちで、

 何を願って立ち上がったのか、

 それを軍事力をもって弾圧するとはどういうことだったのか、

 それらを肌で感じ、リアルに想像することが大切である。 

 11時ちょうどには、公園に着く。

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 1919年のこの運動は、単に弾圧によって終わっただけではない。

 上海の大韓民国臨時政府の樹立につながり、

 また「憲兵政治」から「文化政治」への日本による朝鮮支配の

 手法の変化を招いてもいった。

 独立宣言が最初に読み上げられたこの場に、

 集まった5000人のほとんどは学生だったという。

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 当時の日本軍との闘いの様子が

 10枚の大きなレリーフに描かれている。

 17才で惨殺された、女性闘士ユ・グァンスンの姿もある。

 学生たちは、それを、言葉少なに見つめていく。

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 ここでも、「日本から来たんですね」「どちらの学校ですか」と

 日本の方に声をかけられる。

 どこでも名刺は必要なのである。