4時から、イ・オクソンハルモニの証言をうかがう。

 いま証言ができるもうお1人は、

 昨年、お話をうかがったカン・イルチュルハルモニだという。

 お2人に負担がかかりすぎないように、

 事務所も配慮しているそうだ。

 「暑いところを、遠いところを、来ていただいてありがとうございます」

 「感謝しています」

 「しかし、私から話を聞こうとすれば、日本人が良かったという話はできません」

 村山さんの通訳のもと、こうして話がはじまっていく。

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 「釜山で生まれたが、学校へいくことはできなかった」

 「15才ではたらきに出されたが、使いに行けと主人に命じられた」

 「そこで外に出た時に、大きな男2人に両腕をつかまれて連れて行かれた」

 「荷台がかくされたトラックに放り込まれた」「6人が乗せられていた」

 「汽車で中国の方に連れて行かれた」

 「日本の政府は強制連行がなかったというが、

 どうして自分からこんなことをせねばならないのか」

 「解放されて中国から持ち帰ったのは病気だけ」

 「日本の政府はどうしてそんなことをいうのか」

 「被害者は今日死ぬか、明日死ぬかもわからないのに」

 「学生の前で話をするのは難しいし、恥ずかしい」

 「『慰安所』の中でも、朝鮮人は日本人と差別された」

 「日本の軍隊が無理やりつれていったのだから、連れて帰るべきだ」

 「それにもかかわらず山に捨てられた」

 「いまも他の国に住む被害者は多い、日本のせいでそうなったのだ」

 「学生のみなさんには、記録を残してほしい」

 「韓国を連れされた時には日本語がまったくできなかった」

 「しかし『慰安所』で強制された」

 「刀で切られたり、銃で打たれた人もいた」

 「14才で刀で刻まれ、心臓を刺されて殺された女性もいた」

 「その人は道に捨てられ、犬に食われた」

 「日本がどんなに良いこと(皮肉の意味で)をしたか考えてほしい」

 ……腰が痛いと、証言を中断し、腰をさする……

 「殺された女性を助けようとすれば、私たちも殺された」

 「そういう無惨なことがたくさんあった」

 「日本の政府は歴史をどうして認めないのか」

 「北朝鮮の拉致ばかりいうが、この歴史をどう考えているのでしょう」

 「道を歩いていて、水汲みのときに、学校の途中で、母といっしょにいて、

 いろんな形でつれていかれている」

 「まずは謝罪や賠償より先に、日本国内の記録や証拠を出してほしい」

 「私はトミコと呼ばれていた、それを管理していたのは軍だった」

 「いまも日本社会には朝鮮人への差別がある」

 「私たちはこれから戦争をして生きるのか、平和的に生きるのか」

 「たくさん傷つくのにどうして戦争をする必要があるか」

 「『慰安所』生活はいいことであれば話しやすいが、そうではない」

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 「右手の腕に刀傷がある、日本の少尉にやられた」(腕を見せる)

 「何度も殴るので、どうして口でいわずに殴るのかといったらやられた」

 「右足の甲も切られた」(クツ下を脱いで見せる)

 「これは故郷に帰りたいといったら憲兵に刺された」

 「私はひとつもウソを言っていない」

 「学生のみなさんには、この記録を日本の政府などに見せてほしい」

 「目も耳も弱くなった、歯も抜けた、日本人はコワイと思った」

 「なぜこういう歴史が消されてしまうのか」

 「私はあまりアタマが良くないが、安倍首相は私よりバカだと思う」

 「被害者の前でなく、アメリカで謝った」

 「こんな人間が首相になるようでは、日本は良くならない」

 「学生のみなさんがこういうふうに学んだり、

 両親に大学に通わせてもらえるのは幸せなこと」

 「平和的にくらしていかねば」

 「日本はお金がなくて謝罪しないのではない、戦争の準備はしているのだから」

 「その意味では非常にずるがしこい」

 「しっかり勉強して、国を守ってください」

 「みなさん、戦争が好きですか」

 「平和に生きなくちゃいけないでしょ」

 「これで終わりにしましょう」

 ……間をおいて、再びはじめる……

 「15才で中国へ連れていかれて、58年間中国でくらした」

 「字が書けずに、家族に手紙が出せなかった」

 「2000年に初めて帰ってきたとき、家族は私の死亡申告を出していた」

 「国籍もなくなっていた」

 「日本のせいでこうなった」

 「とても苦労した」

 「私が話すときには日本を悪くいうが、

 日本人全員を悪く思っているわけではない」

 「学生は歴史を学びに来てくれる」

 「金をかせぐためだなどといわれるのは、本当にヒドイ」

 「たくさんの日本人が来るが、政治家が謝りに来ることはない」

 「昔の日本人は悪いことをしたが、学生たちには罪はない」

 「58年の歴史をすべてここで話すことはできない」

 「おわりにしましょう」

 「長いあいだ、座って聞いてくれてありがとう」。

 大きな声を出すこともない、むしろ淡々とした語りである。

 5時すぎには、証言が終わる。

 ここでも、ずっと涙を流す学生がいた。

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 日本から持っていったお土産を、

 ハルモニのみなさんへとお渡しする。

 ハルモニは、ユーモアを込めた言葉を笑顔で返す。

 村山さんにも、お土産をお渡しする。

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 学生たちの手元には、たくさんの「記録」が残った様子であった。

 イ・オクソンハルモニの証言は、先輩たちの本にも残っている。

 しかし、声の大小、声の色、それを語る人の表情、間のとり方、

 それをカラダで感じることは、

 やはり、本からだけではできないことなのである。

 岡山のS本さんから託された手紙も、

 村山さんに渡していく。