3月17日(木)は、9時起床の朝であった。

青汁コーヒーでパソコン前へ。

「レーニン原稿」提出にともない、

自分の当面の生活スタイルを、少し考えなおしてみる。

個々の加盟団体は、すでに現地支援にフル回転だが、

加えて、今回の大震災に対する「憲法県政の会」

としての取り組みも相談し始める。

厚労省の3月15日付事務連絡が、

被災者への医療費一部負担について、

5月末まで「猶予」、しかし対象は住家全半壊、

主たる生計維持者の死亡などに限るなど、

阪神淡路の震災直後と同じものになっている。

しかし、当時も、被災者・支援者の取り組みで、

実情にあわせ、失業・休業した人、支払い困難な高齢者など、

ほとんどの被災者の一部負担は、結局、免除となっていった。

期間も、社保で半年、国保でほぼ1年。

なぜ、厚労省は、厚生省(当時)自身が最終的に

必要と認めた、この水準からスタートしようとしないのか。

兵庫県保険医協会からただちに情報が入ってくる。

すでに首相、厚労相、兵庫選出国会議員に

要請の文書を届けたとのこと。

各種専門家集団の存在は頼もしい。

11時半には、外に出る。

JR「加島」から「西宮」へ、

途中、耳鼻科の予約をキャンセルしながら移動する。