5月25日(水)は、9時半起床の朝であった。

青汁豆乳クピリ、コーヒーカプリで、

ただちに「復興策原稿の人」となっていく。

夕べから、「佐賀講演話」の

調整が急速に進んでいる。

しかし、遠いなあ。

11時半には、外に出る。

JR「加島」から「尼崎」へ、「新大阪」へ、

「岡山」へ、「倉敷」へ、

車中「復興策原稿の人」となって移動する。

1時前ギリギリには、

倉敷医療生協会館にたどりつく。

1時20分から、結果的に3時10分まで、

ガツガツと「震災後の政治・経済」局面

についてはなしていく。

110525・倉敷 (1)

医療生協の学習会だが、

参加は、最終160人ほどになったらしい。

本づくりのために、東京から、

自治研のN嘉さんも参加される。

遠くから、ありがとうございます。

終了後、主催のみなさんと、

コーヒーをいただきながら懇談し、

3時半すぎには、会場を出る。

110525・倉敷 (2)

JR「倉敷」にもどり、そうか、チボリ公園は

閉園になっていたのかと、初めて気づく。

10年以上も前に、子どもたちとここを訪れ、

駅から公園につづく歩道橋の上で、

偶然、大学の学生と出会ったことが思い出される。

JR「倉敷」から逆コースに入っていく。

車中「復興策原稿の人」であり、

「ドイツ再生エネルギーの人」となっていく。

コンビニによって、7時すぎの帰宅であった。

夜は、ほたて、豚キムチ、枝豆などを食べていく。

もちろん、ビールをプシュリと抜いて。

ああ、うめいねえ。

ビールは、うめい。

明日は、終日「原稿書きの人」である。

少なくとも1本は、決着をつけていかなければ。