12月12日(水)は、9時前起床の朝であった。

黒酢ドリンク、豆乳、コーヒーで、

本日の人生を立ち上げていく。

メールは、学生本、ゴクラク、ゼミ志望レポートなど。

湯船につかって、カラダをあたため、

10時すぎには、外に出る。

「谷門」から大学へ、研究室へ。

思いつきを、そこらの紙にカリカリカリ。

11時には、読売テレビのクルーがやってくる。

選挙特番の一部をなす取材である。

「維新の会」が、大阪のような勢いを

もてなかったのはなぜなのか。

質問はここに集中した。

-そもそも政策的に、多くの国民の願いに

寄り添う姿勢をもたないこと。

-メディアへの露出度の低下を乗り越える

大衆的な組織基盤をもたないこと。

これをいろんな角度から。

他には、次のようなやりとりも。

「市役所の仕事をしないことについては?」

-批判されて、当然でしょうね。

「この1年で維新が失ったものは?」

-改革者としての虚像でしょう。

さあて、どこまで使ってもらえますかね。

12時には、サンドイッチをパクパク食べて、

年末年始の研究・仕事人生を整えていく。

メールは、披露宴、ゴクラク、学生本、

卒論原稿の送付先など。

「センセイ、面接の時間にこれないんです」

と、初顔の2年生がやってくる。

「今回は、ご縁がなかったということかなあ」。

「でっすよ、ねえ~」。

あくまで明るい学生だった。

1時15分から、センター入試の打合せ。

3時まで、ミッチリの準備である。

3時から4時まで、最後の「ゼミ面接」をやっていく。

今年面接に来たのは15人ほど。

さて、このうち何人が「第一希望」とするのだろう。

メールは、兵庫・憲法県政、「慰安婦」問題、

原発原稿、講演、学内委員会など、

目の前の仕事に必要な文書を打ち出して、

手紙も一本書いていく。

6時半には、「谷門」から山を下る。

家にもどり、生協食材を

冷蔵庫にガサガサ移動。

ブロッコリー、しめじ、ネギで、

餃子鍋をつくって、パクパクパク。

「忘年会」の調整を一件ホイ。

録画しておいた「”帰村”村長奮闘す」を見る。

全村避難から、少しずつ帰村をすすめる

福島県川内村の苦難の記録。

あらためて、東電と国の罪の重さを実感する。

9時をまわったところで、

段ボール箱をあけていく。

10時半まで12箱をあけていくが、

お目当ての本たちが見当たらない。

これは、ひょっとすると大学かなあ。

明日は、終日、家仕事。

ともかく、あれこれ書き進めなければ。